アニメ『天幕のジャードゥーガル』の制作会社はサイエンスSARUです。山田尚子さんは総監督、Abel Gongoraさんは監督を務め、シリーズ構成は加藤還一さん、キャラクターデザイン・作画チーフは吉田健一さんが担当しています。
検索では「山田尚子監督」とまとめられがちですが、公式クレジットは総監督・山田尚子/監督・Abel Gongoraです。この二段構えを正しく理解すると、第1幕と第2幕で手触りが大きく変わりながら、シリーズ全体の人物へのまなざしが揺らがない理由も見えてきます。

天幕のジャードゥーガルの制作会社・スタジオはどこ?
アニメ公式STAFFページとサイエンスSARU公式作品ページの両方で、アニメーション制作はサイエンスSARUと明記されています。制作協力の一部だけを担当する会社ではなく、作品全体のアニメーション制作としてクレジットされているスタジオです。
サイエンスSARUは、人物を柔らかく動かす作画、色や形を大胆に整理した画面、国際色のあるスタッフワークに強みを持つスタジオです。本作でも、原作の丸みのある人物を単に整った絵へ描き直すのではなく、走る、戸惑う、目を伏せるといった演技の時間へ変換しています。
なぜサイエンスSARUが選ばれたのか
Japan Expo 2026の公式レポートでテレビ朝日の遠藤一樹プロデューサーは、デフォルメの効いたキャラクターを柔軟に動かしながら、重い物語と両立させる難しさに触れています。可愛い絵柄だから制作が簡単なのではなく、線が少ないぶん姿勢や間のわずかな差が感情へ直結します。
写実的な歴史アニメに寄せすぎると、原作が持つ親しみやすさが消えます。反対に、柔らかな絵だけを強調すると、侵略や支配の痛みが軽く見える。本作に必要だったのは、その中間を曖昧にすることではなく、両方を同じ画面へ置ける制作体制でした。サイエンスSARUの起用は、題材の珍しさ以上に、この難しい温度差へ対応するための選択だと考えられます。

総監督・山田尚子と監督・Abel Gongoraの違い
| 役職 | 氏名 | 本作で確認できる担当・位置づけ |
|---|---|---|
| 総監督 | 山田尚子 | シリーズ全体を高い視点から見守り、第2幕では絵コンテ・演出も担当 |
| 監督 | Abel Gongora | 現場のシリーズ演出を率い、第1幕の絵コンテ・演出を担当 |
| 演出チーフ | 藤倉拓也 | 各話を横断して演出面を支え、第2幕では山田さんと共同演出 |
「総監督」と「監督」の業務範囲は作品ごとに異なるため、肩書だけから契約上の権限や毎日の作業量まで断定はできません。ただし、本作では公式イベントで両者がそれぞれ初回2話を担ったことが具体的に説明されています。名義だけの配置ではなく、作品の入口を二人の演出家が実際に作っています。
第1幕はAbel Gongoraが幸福の動きを積み上げる
公式STORYによると、第1幕「天にあるもの 地にあるもの」は脚本・加藤還一さん、絵コンテ・演出・Abel Gongoraさん、作画監督・吉田健一さんです。シタラがトゥースの街を動き回り、学ぶことや人と暮らすことへ少しずつ心を開く回になっています。
悲劇を知っている視聴者には、この明るさが前振りに見えます。けれど、人物にとっては前振りではなく、その時点で本物の生活です。動きの多さ、街の広さ、道具へ触れる手が、後に失われるものを台詞以上に具体化します。
第2幕は山田尚子が表情と対話を止まった時間として描く
第2幕「サファルに咲く薔薇」は、絵コンテ・山田尚子さん、演出・山田尚子さんと藤倉拓也さんです。作画監督には吉田健一さん、霜山朋久さん、小倉典子さん、阿見圭之介さんが並びます。
Anime Expo 2026の公式レポートで山田さんは、第1幕が街を楽しく走る動きに満ちていたのに対し、第2幕ではシタラとファーティマの「心と心の対話」を大切にし、表情の芝居を重視したと説明しています。事件を派手に見せるより、失う直前の顔を見せる。その判断が本作の痛みを決めました。
この二話を並べると、共同体の幸福を運動で見せるAbelさんと、関係が断ち切られる瞬間を視線と間で受け止める山田さんの役割が見えます。どちらが上という比較ではなく、反対向きの演出が一時間スペシャルの中で連結したことが重要です。
主要スタッフ一覧と担当分野
| 担当 | スタッフ |
|---|---|
| 原作 | トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』(秋田書店「Souffle」連載) |
| 総監督 | 山田尚子 |
| 監督 | Abel Gongora |
| シリーズ構成 | 加藤還一 |
| キャラクターデザイン・作画チーフ | 吉田健一 |
| 演出チーフ | 藤倉拓也 |
| 美術監督 | 樺澤侑里 |
| 色彩設計 | 今野成美 |
| 撮影監督 | 高橋直希 |
| 編集 | 廣瀬清志 |
| 音楽 | 日野浩志郎 |
| 音響監督 | 小沼則義 |
| アニメーション制作 | サイエンスSARU |
シリーズ構成は、原作のどこをアニメの各話へ配置し、視聴者が情報を追える順序へ整える仕事です。本作はペルシア側とモンゴル皇族側の人名、年単位の時間経過、史実上の出来事が同時進行します。加藤還一さんの構成は、最初にシタラの生活と喪失を置き、その後に帝国の制度を少しずつ広げる順序になっています。
吉田健一さんの肩書はキャラクターデザインだけでなく作画チーフまで含みます。公式コメントでは、本作が自身にとって初の原作ものだと説明。単に原作絵を設定画へ写すのではなく、各話で動かし続けられる線と、原作の個性を失わない輪郭の両立が課題だったことがうかがえます。
美術・色彩・撮影が歴史考証を背景へ定着させる
美術監督の樺澤侑里さん、色彩設計の今野成美さん、撮影監督の高橋直希さんは、別々の工程を担当します。美術は街・草原・天幕の空間、色彩設計は人物や物の色のルール、撮影は素材を画面としてまとめ光や奥行きを整える役割です。
本作では「モンゴル風の背景」を一枚用意すれば済むわけではありません。定住都市トゥースと移動するオルドでは、建物、地面、空気、生活道具が違います。さらに、同じ草原でも昼、夕方、夜、軍議、家庭の場面で色の意味が変わる。美術・色彩・撮影の連携が、歴史説明を台詞だけに背負わせない土台です。
音楽・音響が言語の違う世界をつなぐ
音楽は日野浩志郎さん、音響監督は小沼則義さんです。日野さんは公式コメントで、アニメ劇伴もペルシャ・モンゴル音楽も初めての制作だったと明かしています。未知の音を「異国っぽい一色」にまとめず、シタラの複雑な心情へ接続することが挑戦でした。
声、生活音、楽器、無音の置き方は、画面に描かれた文化を視聴者がどう受け取るかを変えます。特に本作は複数の言語・宗教・生活圏が交差するため、音響が派手すぎると人物の小さな反応を覆い、薄すぎると世界が平板になります。音楽と音響を別項目として見ると、静かな場面の密度が分かりやすくなります。

モンゴルでのロケハンは映像へどう生きた?
Japan Expoのレポートでは、山田総監督、Abel監督、背景美術スタッフらがモンゴルでロケハンを行ったことが紹介されています。現地へ行った事実は、作品が史実的に完全無欠だという保証ではありません。それでも、地面の広がり、雲の影、天幕同士の距離、人が風を受ける姿勢を想像だけで均す危険を減らします。
ロケハンの価値は、有名な景色を写すことより、資料写真の外側を共有できる点にあります。遠景だけでなく、立ったときに何が見え、歩くと背景がどう動き、光が布をどう透かすか。監督と美術スタッフが同じ場所を経験すると、演出指示と背景の解釈が噛み合いやすくなります。
一方で、現代のモンゴルを見たことと13世紀を知ることは同じではありません。アニメは史料、原作の考証、現地体験、創作上の整理を重ねた表現です。記事で「完全再現」と断定せず、どのスタッフが何を確認し、どう画面へ置いたかを見る方が誠実でしょう。
声優キャストもまとめて確認
| キャラクター | 声優 |
|---|---|
| シタラ | 関根明良 |
| ドレゲネ | 小清水亜美 |
| ファーティマ | 桑島法子 |
| ムハンマド | 齋藤 潤 |
| オゴタイ | 下野紘 |
| トルイ | 鈴木崚汰 |
| シラ | 入野自由 |
| チャガタイ | 浪川大輔 |
| ジュチ | 野島健児 |
| ソルコクタニ | 久野美咲 |
| モゲ | 朝井彩加 |
| キルギスタニ | 新谷真弓 |
| ダイル | 石田彰 |
| クラン | 水瀬いのり |
| クルトガン | 千葉翔也 |
| ボラクチン | くじら |
キャストが多く見えますが、物語の中心は一度に全員ではありません。まずシタラ、ファーティマ、ムハンマドの学ぶ生活。次にトルイとシラによる侵略後の関係。さらにドレゲネ、オゴタイ、皇族の政治へ広がります。人物相関を先に全部暗記するより、シタラが今どの家に属し、誰の言葉を聞いているかを追う方が理解しやすい作品です。
人物の関係を整理したい場合は、当サイトの『天幕のジャードゥーガル』キャラクター相関図も併用してください。本記事は制作陣の役割に集中し、キャラクターの史実モデルや結末までは広げていません。
スタッフ構成から分かるアニメ版の見どころ
一人の作家性で統一するより、異なる演出を接続する
本作の入口は、山田尚子さんだけの新作でも、Abel Gongoraさんだけの監督作でもありません。二人の演出が初回で並び、藤倉拓也さんが演出チーフとして横断し、吉田健一さんが人物の形と作画を支えるチーム作品です。
この構造は、話数ごとの違いを弱点ではなく意味へ変えます。幸福な街、侵攻、長い奉公、後宮の交渉、草原の戦争では、必要なリズムが違うからです。毎話同じテンポへ揃えるより、人物への敬意とデザインの芯を共有しながら、回ごとに呼吸を変える方が原作に合います。
派手な戦闘より、暮らしを映すための豪華スタッフ
豪華スタッフという言葉から、大規模な戦闘や作画枚数だけを期待すると本作の強みを取り違えます。公式コメントで繰り返されるのは、人物の感情、異文化への敬意、日常生活を端折らない姿勢です。
火や矢が飛ぶ場面の迫力は必要です。しかし、何を焼かれたのかを視聴者が理解するには、その前の机、書物、食事、会話が必要になる。制作陣の力が最もよく表れるのは、大事件の直前と直後に残る小さな動作です。
各話スタッフを見ると制作チームの広がりが分かる
テレビシリーズは、総監督と監督だけで全カットを作るものではありません。脚本、絵コンテ、演出、作画監督が話数ごとに組み替わり、シリーズ全体の方針を別々の現場で画面へ落とします。公式STORYに各話スタッフが公開されている本作は、その違いを視聴者自身で確かめやすい作品です。
脚本担当が変わっても、シタラの目的は切れない
第1・2幕は加藤還一さん、第3・6・8幕は佐藤寿昭さん、第4・7・9幕は井上美緒さんが脚本を担当しています。シリーズ構成が全体の情報順を設計し、各話脚本がその回の会話と出来事へ具体化するため、同じ“脚本”でも役割の粒度が違います。
担当者の交代を、即座に作風の不統一と見る必要はありません。シタラが何を知り、どこまで復讐計画を進め、相手に何を隠しているかという連続性が保たれたうえで、戦争、生活、後宮の交渉に適した会話の速度が選ばれます。
絵コンテと演出を同じ人が担う回、分担する回
第3幕は安部祐二郎さんが絵コンテ・演出、第4幕は霜山朋久さんが絵コンテ・演出、第8幕は村越麻海さんが絵コンテ・演出を担当しています。一方、第7幕は安部さんとNicholas McKergowさんが絵コンテを分担し、演出は安部さんです。
絵コンテは画面の設計図、演出は完成画面へ向けて芝居・タイミング・各工程をまとめる仕事です。同一人物が両方を担当すると発想を一貫させやすい一方、分担回では別の視点や作業規模へ対応できます。クレジットの人数だけで品質を決めず、回の内容と画面を一緒に見ることが大切です。
作画監督が複数いることを“作画崩壊”と結びつけない
第7~9幕の公式クレジットには、複数の作画監督や海外名のスタッフ、WHITE LINEの表記もあります。テレビアニメではカット数、人物数、制作期間に応じて作画監督を分担することがあり、人数の多さだけで制作事故を断定できません。
見るべきなのは、人物のサイズや表情、衣装の構造が回の中でどう保たれ、必要な動きがどこへ配分されたかです。本作は群衆や馬、天幕、複雑な衣装を扱うため、一人の作画監督だけで全工程を抱えることが必ずしも理想ではありません。
制作会社を調べるときの間違いやすいポイント
“製作”と“制作”は同じではない
公式表記には「天幕のジャードゥーガル製作委員会」と「アニメーション制作:サイエンスSARU」があります。製作委員会は企画や出資、事業展開を担う複数社の枠組みで、実際のアニメーション現場をまとめる制作スタジオの名称とは別です。
エンドクレジットにテレビ朝日、日本テレビ、出版社、音楽会社など複数社の名が出ても、それらをすべて“作画したスタジオ”と数えるのは誤りです。検索意図が「どこのスタジオが描いた?」なら、答えはサイエンスSARUになります。
山田尚子の過去所属からスタジオを推測しない
山田さんの『けいおん!』『映画 聲の形』を知る人ほど、京都アニメーション制作だと思い込みやすいかもしれません。スタッフは作品ごとに異なる会社や座組へ参加します。過去作の所属イメージではなく、対象作品の公式クレジットを確認するのが確実です。
同様に、サイエンスSARU作品だから湯浅政明さんが監督だと考えるのも違います。スタジオの過去の代表作と、今回の監督・総監督を分けることで、本作独自のチームが見えてきます。
制作協力の会社名が見つかっても主制作は変わらない
各話のエンドクレジットには、作画や仕上げを支えた会社・スタジオが追加される場合があります。それは共同作業の実態を示す大切な情報ですが、作品公式が掲げるアニメーション制作会社を置き換えるものではありません。
本記事では、公開済み公式ページで確認できるシリーズ主要スタッフを中心にしました。全原画・動画・仕上げ・背景スタッフの網羅は、各話エンドクレジットそのものを確認する領域です。記事が載せていない名前が重要でないという意味ではありません。
スタッフ名を覚えてから見ると、同じ人物の別作品を探す入口にもなります。ただし、過去作と同じ表情や画面を求めすぎると、本作のために変えた仕事を見落とします。共通する感性と、題材に合わせた違いの両方を見るのがよいでしょう。
放送後に公式STORYへ各話スタッフが追加されたら、気になった回だけ見返す方法もあります。すべての名前を先に暗記せず、“この静けさは誰の絵コンテだろう”“この回の作画監督は誰だろう”と画面からクレジットへ戻ると、制作情報が作品鑑賞とつながります。
制作会社を知る検索は、答え一行で終わりそうに見えます。けれど、スタジオ、総監督、監督、チーフ、各話スタッフを分けて読むと、アニメが一人の才能だけで作られないことまで見えてきます。それが本作のスタッフ情報を調べる一番の面白さです。
よくある質問
天幕のジャードゥーガルのアニメ制作会社は京都アニメーションですか?
違います。アニメーション制作はサイエンスSARUです。山田尚子さんの過去作から京都アニメーションを連想しやすいものの、本作の公式クレジットを優先してください。
監督は山田尚子さんですか?
公式表記では山田尚子さんが総監督、Abel Gongoraさんが監督です。山田さんは第2幕の絵コンテ・演出も担当しています。
キャラクターデザインは誰ですか?
吉田健一さんです。肩書は「キャラクターデザイン・作画チーフ」で、第1幕の作画監督も担当しています。
どこまでが公式スタッフ情報ですか?
役職と氏名、各話の脚本・絵コンテ・演出・作画監督は公式サイトで確認できます。役職ごとの具体的な権限や制作スケジュールは公開範囲が限られるため、この記事では断定していません。
まとめ
『天幕のジャードゥーガル』の制作会社はサイエンスSARUです。総監督・山田尚子、監督・Abel Gongora、シリーズ構成・加藤還一、キャラクターデザイン・作画チーフ・吉田健一、演出チーフ・藤倉拓也という体制で、歴史と生活、柔らかな絵と厳しい物語を同じ画面へ置いています。
第1幕をAbel監督、第2幕を山田総監督が主に担った初回構成は、二人の名前を並べる宣伝以上の意味を持ちます。街を走る幸福と、表情の中で止まる別れ。その落差を、美術、色彩、撮影、音楽、音響、作画が支える。制作スタジオを知った後は、誰が描いたかだけでなく、どの工程がシタラの感情を受け持っているかにも注目してみてください。
執筆・確認:真城 遥(VODアニメ専門ライター)
公式サイト、出版社、レーベル、賞の主催団体などを照合し、確認できた事実と筆者の考察を分けて記載しています。
確認した情報源
情報確認日:2026年8月23日。公式の役職表記を優先し、業務範囲が公表されていない部分は一般的な役割説明と作品上の観察を分けました。


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